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| 第五回 〔ミッキーマウスは今年で何才になりました?〕 |
| 東京ディズニーランドがオープンして25周年だそうですね。 今まで、ディズニーとはなんだか縁があるようで、何度か関わりがあったんですよ。 まずは、一番古い話。 1978年、東京ディズニーランドがオープンする5年も前です。 その頃は、ロック系アイドルシンガーのバックバンドをしてました。 テレビの音楽番組にもたまに出させてもらってて、ちょうど3週間後の生番組に向けて新曲の練習をしてたんですよ。 当時、フュージョン系の音楽が流行始めてて、16ビートのちょっとリズムアレンジの凝った曲だったんです。 それが出来ない。 ドラマーが。 何回練習しても。 こりゃ、無理だな…。 そんな時、誰かが言い出したんです。 「ミッキーマウスは今年50才だって」 自分的には、フュージョンなんかよりパンクにどっぷりだったので、閃いちゃったんですよ。 「ミッキーマウスマーチを8ビートのパンクアレンジでやろう!」 今から思うと、バックバンドが勝手にそんな事決めていいのか? って感じだけど、メンバーがすごい乗り気になって、アレンジもすぐにできちゃって、結局、オンエアしちゃった。 |
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それが、けっこう反響あったんです。 問い合わせの電話とかあって。 作家の大先生が作った、お洒落な16ビートな曲は、お蔵入り。 ミッキーマウスマーチが新しいシングルになることに。 でもね。 レコーディングはやれせてもらえなかったんです。 スタジオミュージシャン。 しかも、アレンジも大幅に変えられちゃった。 パンクなんかダメだと、世の中はディスコだと。 悔しかったけど、カッコ良かったな。 ディーボみたいなアレンジで。 まだ、日本に1、2台しかないプロフェット5っつうシンセサイザー使ってて。 松武秀樹さんっていう人がマニピュレーターで来てて、音作りしながら言ってるの。 「今度、イエローマジックオーケストラっていうバンドやるんだよ」 「みんな、赤い人民服着てんだよ」 そん時は、へえーって聞いてたけど、スゲー話だよね。 で、カッコいいオケが出来たのはいいんだけど、歌入れが大変だったんですよ。 そのんまんまの歌詞じゃつまらないからって、けっこう、時事ネタをからめたを考えてたのね。 それを、ディズニーの会社に許可をもらわなきゃいけないんだけど、ほとんどNG。 すごく厳しいの。 ディズニーの管理って。 マネージャーが、 |
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| 「今回みたいな形でレコードが出て、ミッキーマウスも益々人気が出るんだからいいじゃないですか」 って言ったことに対する返答が印象的だったな。 「ミッキーマウスはもう世界中で十分人気があるので、余計な事してもらわないでけっこうです」 って。 ディズニー恐るべしと思いましたよ。 で、レコードの発売されて、キャンペーンや、ライブや、イベント出演なんかが始まったんだけど、ここで、また、雲行きが怪しくなってきたんだよね。 曲が曲だけに、子供向けのイベントばっかり。 ロックシンガーなのに、ミッキーマウスのお兄さんになっちゃった。 ロックバンドのつもりでやってたのに、現場によっては、演奏させてもらえないの。 カラオケバックに、ミッキーの帽子かぶって振り付けですよ。 初めて味わう屈辱感。 だって、二十歳そこそこの、パンクにどっぷりで、戦闘態勢万全で、ノーフューチャーで、ファックなロッカーなのに、子供相手に歌とダンス? これが出来たら、この世の中、出来ないものは無いって本気で思いましたね。 今なら、喜んでやるけど。 よく、友達とかに 「好きな事やって食えるんだから羨ましいよ」 って言われるけど、好きな事だから妥協できないんだよ。 自分のやりたい事、仕事としてやらなきゃいけない事、どこで線を引くかって事は永遠のテーマですな。 ディズニーの話はまだまだあるので、それはまた次の機会に。 |
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