第四回 〔浅草六区〕
最近、20年以上住んでいた世田谷を離れまして、荒川区に引っ越したんですよ。
上野も浅草も近く、ちょっとした下町ライフっつうわけです。
で、ちょっと縁がありまして、先日の三社祭で始めて町内神輿を担がせてもらいました。
ライブの時のように楽しかったけど、次の日、肩が痛い、痛い。

浅草、三社祭とくると、忘れられない曲があるんです。
リザードの「浅草六区」

70年代の終わり頃、世界的にパンクムーブメントがありまして、日本でも東京ロッカーズという集団が、熱い活動を繰り広げてました。
リザードはその中心的なバンドだったんです。
リザードの歴史はさらに古く、以前は紅蜥蜴という名前の昭和アンダーグラウンドを代表するようなバンドでした。
テレビの生放送でリハーサルと全く違うプレイをして、お茶の間を大混乱におとしいれた様子を、五木寛之が「夜のドンキホーテ」という小説に紅蝙蝠というバンド名で書いてます。
自主制作盤という形でレコードを出したのも彼らが初めてだと思います。
その紅蜥蜴時代からのレパートリーで「ロッククリティック」という曲がありました。
アホ、バカ、マヌケと、音楽評論家をこき下ろす痛快な曲で、ライブの最後は必ずやってましたね。
当時、パンクの影響をモロに受けた自分は、東京ロッカーズ、特にリザードにハマりまくって関東近郊のライブはほとんど行ってました。
そんな、リザードもメジャーからアルバムを出すようにるんですが、
なんと、ファーストアルバムはロンドン録音、プロデューサーは、ストラングラーズのジャンジャックバーネル。
で、セカンドアルバムが出て暫くたって、「次のシングル用に、あのロッククリティックをレコーディングしているらしい」という噂がながれてきたんです。
みんな、わくわくして待ちましたよ。
ライブでしか聞けなかった、パンクの名曲ロッククリティックがレコードで聞ける。
で、リリースされたのが「浅草六区」

あれれ?

「俺をガキだと思ってあまくみるんじゃないぜ!
いつか、おまえを叩いてやるぜ!」
という曲だったのに。
「いかれたバイクに飛び乗って、雷門までひと走り
火事と喧嘩のそれが浅草六区」
に、なってたわけです。

かなり拍子抜け。

ボーカルのモモヨ氏のコメントは、
「一生懸命レコーディングを進めてきて、歌を入れる段階になった時、くだらない音楽評論家の事などどうでもよくなった。
そんなものより、自分の愛する地元の街を歌った方が有意義に思えて、その場で歌詞を書き換えた」
との事でした。

これは物議をかもし出しました。
リザードのファンは戦闘体勢万全のパンクスばかりだからね。
メジャーに行って日和ったのか?
団体からの圧力か?

ロックというと、何かと社会性だとか、メッセージだとか、ジェネレーションの代弁者とか言われます。
特に、自分の時代はそうでした。
でも、それだけじゃないよね。
今回、三社祭に参加して、ちょっとそんな感じがしました。

神輿担いでロックンロール!
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